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ハピネスカーブ

(このブログは、東洋経済新報社刊「LIFE SHIFT2」を参考に私の思うところを書いています。スタートは、昨年の7月10日です。)

「中年期の危機(ミッドライフ・クライシス)は、人生の下り坂に入ると思うとまさに危機だが、発想を変えれば、新しいステージへの転換点でもある。

 そんなことを考えていたら、先日紹介した中野信子氏の連載記事「100歳まで進化し続ける脳のしつけ方」の第10回がでた。(共済組合の定期発行物)

 そこに載せられていた図(グラフ)を添付した。ここにあるように、「“幸せの厄年”の40代後半以降、幸福度が上がっていく」というのだ。これからの人生100年時代は、「中年期の危機」ではなく「中年期の大転換」という言葉に取って代わられる日が来るといいなあと思う。

 人によって、仕事や立場によって様々な形があるだろうが、それまでとは違う新たなステージへ進むべく「移行のための学び(経験)」をすると良いのだ。

 私の場合は、40歳前後の厄年の頃、附属小へ音楽の教官として赴任した。「自己を耕す教育とは何か」を求め続けるために、子どもの記録を取り続け、一人ひとりの学習カードに目を通し、授業の何倍もの時間をかけて、すべての子に教師として言葉を返す取り組みをした。それを通して学びの歩みを共有し、次第にその子が「なぜ、何を求めてそのように学んだのか。そこから何を得ることができたのか。」が見えてくる中で、子どもたちのすてきな姿に心を動かされるようになった。

 それから学校を異動しても素敵な子どもたちと出会えるようになった。附属へ行く以前にそんな子たちとの出会いがなかったのではなく、「私にそういう出会いを見つける教師としての能力が欠けていたのだ」と思うようになった。相手の純粋さに心を寄せると、その子は本当の良さを私には見せてくれるのだ。

 これが40代からの私の教師人生を大きく変えた。研究は辛いことではなく、ワクワクする出会いの場になり、一緒に学ぶ後輩たちにそれを伝えるうれしい場になった。そして、再び附属小へ管理職になってもどり、大勢の教員や若い実習生と向き合うことができる立場になれた。

 ハピネスカーブは、20代、30代に思い描いていたのとは違う「新しい人生の魅力」に出会う場があるから上昇に変わるのだと思う。