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進歩のパラドックス

(このブログは、文芸春秋社刊「脳科学は人格を変えられるか」を参考に、私の思うところを書いています。スタートは、昨年の12月12日です。)

 脳の働きや可塑性について学んできたが、いよいよまとめだ。「幸福になるためにはどうしたらよいか」が、誰にとっても重要な話題だろう。悲観的な傾向の強いレイニーブレイン(雨天脳)の回路が過剰に反応すれば不安や抑うつの症状が現れ場合によっては悲惨な結果を招く。長い人類の歴史の中で、身に降りかかる脅威に対応するように進化してきているのだ。

 同じように快楽をつかさどるサニーブレイン(晴天脳)も良きものに対応するように進化してきた。我々の祖先にとって良きものとは、例えば食べ物や住み家の獲得であり、誰かと一緒にいることで得られる身の安全であり、愛や許しや思いやりなどだとされている。

 現代の社会においては、食べ物や住まい・暖かさなどの基本的な要求はかなり満たされている。しかし、社会の発達の割に満たされていないのは、「他者との結びつき」「生きることの意義」ではないか。G .イースターブルックは「進歩のパラドックス(逆説)」と呼んだ。彼の欧米の20世紀後半の調査で、富はめざましく向上したが、人々が感じる幸福度は横ばいで、しかも不安や抑うつの発症率は大きく上昇したという。社会の物質的な豊かさと、そこに住む人々が感じている幸福や安心の度合いには何の関連も認められなかったのだ。

 そういえば先日の東京銀座の強盗事件には高校生もいたそうだが、何がそんな犯行に駆り立てたのだろう。金品を強奪し豊かな生活を手に入れたことでどんな幸せを味わいたいと思っているのだろう。成長する過程で何を持っていないと幸せにはなれないと教え込まれてきたのだろう。いろいろ考えてしまう。

 この頃楽しんで見ているドラマに「王様に捧げる薬指」というのがある。契約結婚をした偽装夫婦の妻の親は、かまぼこ屋を営み子宝には恵まれたが、狭い部屋にかたまって生きる貧しい家庭。逆に夫は、大邸宅に育ち、会社を経営しリッチなマンションに暮らす御曹司。でも、どう見てもかまぼこ屋の方が幸せそうに見える。「幸福になるにはどうしたよいか」「進歩のパラドックス」について考えさせられるドラマのようだ。あなたはどちらに近いですか。それなりに豊かで、しかも癒しのある家庭が良いに決まっていますが。もう少し脳科学の面から考えましょう。(続く)