(このブログは、文藝春秋社刊「脳科学は人格を変えられるか」を参考に、私の思うところを書いています。スタートは、昨年の12月12日です。)
恐怖の回路の学習能力について扱っている。前回は恐怖の記憶の書き込まれる実験について説明した。その後本では、海馬や扁桃体など脳の仕組みを説明しているが、専門的な内容になるのでここでは飛ばしていく。
一般の人の生活に直結するのは、恐怖の回路の学習能力のために、ものの見方に影響を及ぼしたり、思い込みのために病気になることだ。
まず「電磁波過敏症」について紹介する。著者が関わったイギリスのある女性の例だ。ロンドンに向かう列車に乗っていた彼女は、隣の男性がひっきりなしに携帯電話で話し続けていることにイラついてくる。落ち着こうと深呼吸をしたり外の景色に意識を向けたりと努力しながら早くロンドンに着くことを必死に願った。そして突然鋭い痛みが彼女を襲った。まるで飛んできた矢が左目から首に突き抜けたようだったと後で表現した。驚いた隣の男性は電話を切ると大丈夫かと尋ね、お茶を勧めてくれた。次第に痛みは引き、10分もしないうちに気分は元通りになった。
実は彼女は仕事の面接に行く途中で、試験のことなどを想像し緊張していたことがその背景にあるようだ。無事合格しロンドンで新しい仕事について生活を始めたが、数ヶ月間刺すような目の痛みが何度も彼女を襲った。いろいろ専門的な検査も受けたが、原因がわからず医師たちは首を傾げた。あるとき、カフェで遅れていた報告書に目を通そうとした時、携帯電話で話している誰かの声に意識が向いた時痛みが突然襲った。そこで彼女は「痛みは携帯電話のせいで起きていたんだ」と確信した。その後の経過がいろいろ書かれているが、結論を言うと、彼女の「電磁波が原因である」という思い込みが「電磁波過敏症」という病を引き起こしたのだ。彼女は携帯電話を使うのをやめ、携帯電話から発せられていると信じている危険な放射線から身を守る努力を続けた。
著者はその数年後、携帯電話の健康被害について世界的な調査に参加したが、数百人の被験者を対象にした8年以上に及ぶ調査の結論は、携帯電話の電磁波が原因なのではなく、「携帯電話は体に悪い」という思い込みの方だったという。実際先ほどの彼女は、発作が起きずに仕事をしている時、身近に携帯電話があるかは確認しなかったが、発作が起きるたび周りに携帯電話があるか確認した。思い込みによって恐怖の回路の学習を完成させたのだ。これを本人にいくら説明しても消去することは容易ではないだろう。