(このブログは、文藝春秋社刊「脳科学は人格を変えられるか」を参考に私の思うところを書いています。スタートは、昨年の12月12日です。)
第5章は「タクシー運転手の海馬は成長する」だ。海馬は、鳥や他の動物の脳にもある古い組織だ。記憶の整理を行うことなどは以前のブログで扱ったが、もう一つ大事な役目が“位置把握”に密接に関わる部分なのだ。それがタクシー運転手の脳の中で肥大していることを発見した研究について紹介しよう。
ロンドンは、長い歴史の中で道が入り組み、複雑な迷路のような町だという。25000以上の入り組んだ道路を客を乗せて走るタクシー運転手にはとても卓越した能力がいる。今でこそ、ネット情報の検索で案内してくれるようになったが、この研究をしたのは、それ以前の2000年で、ロンドン大学の認知神経学科のエレノア・マグワイヤ教授だ。
名物のブラックキャブという黒塗りタクシーは、運転手が25000の道路を記憶していて、即座に最短のルートを選び客を運んでくれるという。この道路の記憶と頭の中で自在にルートをたどれるかを試す「ノリッジ(知識)」という試験を突破したものだけがブラックキャブを運転できる免許を得られるのだ。大変難関だという。
この運転手たち16人の脳をf MRIでスキャンした。その結果、海馬の後方部が一般の人に比べて著しく肥大していたというのだ。しかも、驚くことに肥大の度合いが運転手のキャリアに比例していたのだ。つまり、運転手としての経験が彼の脳の位置把握に関わる脳を成長させていたということだ。さらに、ノリッジ試験に向けて勉強中の見習い運転手も調査した。その結果は、海馬の大きさが激しく変化した者ほど試験に合格する率が高かったという。
この事例は、公民館での私の指導でよく扱った。最近話題の認知症予防の話は、どうしてもネガティブになりやすい。学ぶことで脳が成長すると聞けば、ポジティブな気分でさらにやる気も増すだろう。脳の回路で最も変化しやすいのは、恐怖や快楽を統制するサニーブレインとレイニーブレインの回路だという。これからそんなことをいろいろ紹介していくので、新しい視点で自分や世界を見ていけるようになってほしい。