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親の愛情と遺伝子発現

(このブログは、文芸春秋社刊「脳科学は人格を変えられるか」を参考に、私の思うところを書いています。スタートは、昨年の12月12日です。)

 遺伝子発現だとか、エピジェネティクス(後成遺伝子学)などという言葉をこの頃使ったが、一般の人にも大事な情報だと思うので、できるだけ日常の生活と結びつけて扱いたい。専門的に知りたい人は、ぜひ自分で学んでほしい。

 双生児のように同じ遺伝子を受け継いでいても、その後の環境によって違いが大きく現れることがある。また、その遺伝子の変化は、すぐに子や孫に現れると紹介した。そのエピジェネリックな変化によって人間は本当に楽観主義になったり、悲観主義になったりするのだろうか。ラットによる実験が紹介されている。

 愛情深い母親ラットは1日に何時間ものあいだ、赤ん坊の体を舐めたり抱いたりして過ごし、赤ん坊が巣から転げ落ちればすぐさま拾いにいく。いっぽう、愛情の薄い母親ラットは生まれた子どもを舐めたり世話したりするのにわずかな時間しか使わない。双方の赤ん坊ラットの遺伝子発現量を分析すると、驚くほどの差が認められたというのだ。

 「遺伝子発現」について触れておこう。細胞は、それぞれの細胞の役目を行うために、関係した機能を持つタンパク質を作り出す。そのタンパク質を作る情報はDNAの中の遺伝子の部分に塩基配列としてある。その必要な部分をコピーしてRNAを作る(転写)。そのRNAは細胞の核から出ることができる。出てきたRNAは持っている情報を元にタンパク質を組み立てる(翻訳)。

 このような過程を遺伝子発現という。たくさんの蔵書がある本棚の中から必要な部分を探し出して、それを元に生きていくために必要なものを作り出すのだ。その探し出し読み出す作業をしなければ、本は役に立たないまま埃をかぶっている。親ラットの愛情がその遺伝子発現を活発にしているのだ。逆に、その本棚の目録のようなものを見られないようにしてしまう「メチル化」が起きると、必要な情報も見つけられなくなって、遺伝子の働きを遮断してしまうのだ。

 このような親の身体や精神状況が、子の遺伝子発現に影響することについては、ラットだけでなく、妊婦の臍帯血から細胞を取り出す研究も行われている。ストレスとの関わり、楽観的な人生観など、「遺伝子が」というより「遺伝子への働きかけが」についてよく考えていかないといけない。前回のマイケルの祖母の存在のように、あなたの周りの人への声がけが脳科学の面から大事だと伝えたい。