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脆弱な遺伝子だからこそ良い働きも

(このブログは、文藝春秋社刊「脳科学は人格を変えられるか」を参考に、私の思うところを書いています。スタートは、昨年の12月12日です。)

 遺伝子の型がさまざまな人体や人格の形成につながっていることは確かだが、環境によってその働きが変化したり、子や孫にその変化の影響がすぐ現れたりすると前回書いた。これは誰にとっても大きな問題だ。だからこそその遺伝子の働きをどう良い方向へ持っていくかは知っておくべきことだ。

 セロトニンという言葉を聞いたことがあるだろうか。これは「幸せホルモン」とも呼ばれ、脳内に存在する神経伝達物質だ。セロトニンは、怒りや焦りなどのマイナス感情を抑制し、精神を安定して幸福感を得やすくする働きを持つ。緊張の要因であるアドレナリンの働きを抑えるため、ストレスに強くなることが期待される。睡眠ホルモンと呼ばれる「メラトニン」の材料になるセロトニンは、睡眠にも影響する。(参考:サントリーウェルネスOnline)その効果の強さを「セロトニン運搬遺伝子」の発現量で調べた研究について本で扱われている。

 セロトニン運搬遺伝子の発現量が低い人は、高い人に比べ、恐怖を感じさせる画像をすばやく探し当てられるようになることがわかった。つまり、ネガティブな画像に反応しやすいのだ。では、そういう人はポジティブな画像には反応しにくいのだろうか。結果は、ポジティブな画像にも敏感に反応したのだ。つまり、セロトニン運搬遺伝子を発現させにくい脆弱な遺伝子ではなくて、どちらの画像にも反応しやすい「感じやすい」遺伝子で、扱い方によっては逆境にも強く働かせることができるのだ。

 本では、マイケル・J・フォックスという人を例に挙げてそれを説明している。第1章で、「不屈の楽観主義」と紹介された俳優だ。彼は、楽観的な方向へ強く反応する傾向を持っている。だが、調べてみるとセロトニン運搬遺伝子の発現量の低いタイプだった。つまり、彼は、自分を取り巻く環境に(…それが利益をもたらすものでも、恐怖をもたらすものでも…)非常に敏感に反応する素因があるということなのだ。

 では、何が彼を楽天的な人生観に導いたかというと、祖母の働きが大きかったというのだ。まだ幼くて1日に何時間も漫画ばかり描いていた頃、心配する両親にこう言っていたのをマイケルは覚えている。「心配いらない。いつかきっとあの子は有名になる。世界中の人があの子のことを知る日がいつか来る」と。その彼を取り巻く環境が、自分らしく生きる力を与えてくれたのだ。

 あなたの周りに「この子は自分の置かれている状況がわからないのかしら?」「一つのことしか見えない」とか、「緊張しやすい、悲観しやすい」という子はいないだろうか。セロトニン運搬遺伝子の発現量が少ない脆弱な遺伝子なのかもしれないが、だからこそ、不安よりもポジティブな環境を大事にして、良いことに強く反応できる子に育てていきたいものだ。