(このブログは、文藝春秋社刊「脳科学は人格を変えられるか」を参考に、私の思うところを書いています。スタートしたのは、昨年の12月12日です。)
恐怖の回路について続けていこう。第3章の章題は「恐怖を感じない女」と置いてある。「恐怖のスイッチを切れば、人間はより幸福で、より充実した人生を送ることができるのか?」という問いかけから始まっている。
リンダという女性は、若い頃からてんかんの症状が重く、ひどい時は一日に8・9回も発作に襲われていた。てんかんは、脳全体に大波のような電気的活動が発生する発作だ。その発生場所はだいたい脳内の決まった場所だという。リンダの場合、それは恐怖回路の中心に当たる扁桃体の左部分、もしくはその周辺だったそうだ。30歳の時、治療のために扁桃体と隣の海馬の左半分を除去する手術を受けた。海馬は記憶に重要な役目を果たす部分だ。
その後本の著者が面会した40歳代前半まで、10年ばかりほとんど発作は起きていなかった。心配していた記憶は、海馬の右半分が残されたおかげでさほど問題はなかった。しかし、恐怖については、その回路の核を無くしたため感じることができなくなっていた。ほぼ日常生活では気づきにくい程度の変化だけで結婚もしほぼ普通の生活を過ごしていた。
ただ人の表情を見て認識する点で特別な反応が見られた。微笑んでいる人を見れば「フレンドリーだ」と感じたり、しかめ面を見れば「イヤな感じがする」といった認識はできたが、怯えたような恐怖の表情に関しては、まるきり無反応だったのだ。「何も感情がないみたい」とか「中立的な表情に見える」というのが彼女の反応だった。相手の表情から感情を判断するのは脳のいろいろな部分が関わり合って認識しているが、恐怖や怒りの表情の認識は扁桃体が担っており、それを認識した時は、全てに優先して脳の回路を危険回避のために作動させるのだ。
夫によると、リンダは唸り声をあげている犬を平気でなでようとするし、走っている車の前に歩き出そうとしたそうだ。さらに夫は、「リンダはあまりにも人を信用しすぎます。…全くの他人に自分の暗証番号だって教えかねないでしょう。」と言ったという。