(このブログは、文藝春秋社刊「脳科学は人格を変えられるか」を参考に、私の思うところを書いています。スタートは昨年の12月12日です。)
思い込み(注意と選択のバイアス)が、その人の信念にまで影響することを書いたが、この頃SNSを使った誹謗中傷が人の人生まで変えてしまうニュースをよく見る。自分が正しいと思ったことを発信することが自分にとっての正義で、自分の存在感を高めているのだろう。ウクライナの戦いも、発端はそのある人の思い込み(信念)からスタートしているように思う。人の心の揺らぎを利用した宗教の勧誘や資産寄付も、人格を変えてしまう巧妙なテクニックを利用しているように思う。
心のバイアス(偏り)は、健康まで影響するのだ。本には、医療の面で「自分は病気だ」と思い込んだ人の例や、黒魔術で「お前は死ぬ」と言われ食事ができなくなった事例などが紹介されている。興味のある人は直接本で読んでほしい。
ここでは、「プラシーボ効果」と「ノーシーボ効果」についてだけ紹介しよう。カリフォルニア大学で1981年に行われた実験だ。
被験者に電極を取り付け、「脳の機能にどんな影響が出るか調べる」「ただ、ひどい頭痛が起きることがあるが、その他に悪い影響はない」との説明をした。実験の結果、三分の二以上の人が「ひどい頭痛を感じた」と報告した。しかし、実際には電流はほんのわずかも流されていなかったのだ。思い込みの力が、それだけで健康な人に痛い思いを与えたのだ。
また、ミシガン大学では、20分間痛みを我慢する実験に参加させた。その一部の参加者には、「強い鎮痛薬」を与えた。だが、実はその薬は砂糖を固めたもので、鎮痛効果はゼロだったのだ。それなのに「鎮痛薬を飲んだ」と思い込んだ人たちの脳では、はっきりとした変化が現れていた。「痛みが減少した」と語った被験者たちの脳内には、「ハッピーケミカル」と呼ばれるドーパミンやオピオイドが急増していることが確認された。逆に「痛みが増した」と答えた被験者は、ドーパミンやオピオイドが減少していたのだ。
「プラシーボ効果」とは、「これを飲めば絶対自分は良くなる」と信じて薬を飲んだり治療を受ければ、たとえその“薬”が砂糖を丸めたものに過ぎなくても症状が改善する現象だ。逆に「ノーシーボ効果」は、自分の具合が悪くなると信じれば、本当に具合が悪くなるということだ。
健康を扱った番組などで、「○◯しないと病気になる」という情報を目にし、頑張って生活改善をする人は良いが、「自分は、高血圧で糖尿で…」と悲嘆し、「長生きできない」と思い込んでしまう人は、本当に寿命を縮める結果になりやすいということだ。そんな大規模調査も本に出ている。
第1章「快楽と不安の二項対立」は、今日で終わるが、最後に章の冒頭に載っている言葉を紹介して終わろう。
「ものごとには良いも悪いもない。それを決めるのは当人の考えひとつだ。」(『ハムレット』第2幕第2場より)