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働き方の未来と選択 その16

 手のかかる子で、クラスでもややお邪魔虫的存在と思われていたA K君の変容はどのような経過だったのか。いくつか思い出すことを書こう。

 クラスの誰でもいいので、ペアを作って一緒に歌を追求する場を用意し、子どもたちに活動を任せた。自分で考えて行動すること、自分で自分の表現を見返すことなどで、次第に自分の成長を意識するようになった。次々相手を変え、歌い合うことで、表現の違いから、個の感性の違いや表現能力の違いに気づくようになった。初めは面食らっていた子も、真剣に取り組むようになった。授業の最後に書くまとめの言葉も内容が深まり、自分や仲間の評価も鋭くなっていった。面倒くさいことではなく、みんな熱心に書くようになった。それだけ発見があることは面白いようだ。

 そんな中でA K君が一番うれしかったことは、クラスの仲間に「一緒にやろう」と声をかけると付き合ってくれたことだったと思う。音楽の時間だけは、自分がクラスの一員として仲間から受け入れられているのだ。次第に仲間たちも、AK君が音楽の時間は熱心にやることに共感して、本気で応援するようになった。

 2年生のある日、鍵盤ハーモニカでメロディーを一人一人できるようにする授業があった。まずグループで力を合わせて、音や指遣いを確認し、ある程度できるようになったらグループ活動から、個人活動になって、いつものように友だちとペアで追求し合うように指示した。私が時間を見計らって「そろそろペアでやりましょう」と言ったら、AK君のグループの班長が私のところへ、「先生、AK君がまだできないからもう少しグループでやります」と言いに来た。

 様子を見ていると、AK君を囲んで頭を寄せ合い、みんなで階名を歌い、一人の子は、反対側から指をさして弾く音を指示していた。しばらくしてそろそろ良いかと判断したのだろう、グループは散っていった。そんな授業の進め方でも、今何をするべきか自分たちの考えを大事にできるようになっていた。

 そんな仲間の思いを支えにして、AK君も頑張るようになった。3年生のある日、リコーダーで曲を吹けるように練習する授業で、最後に「発表できる人」と聞いたらほとんどの子が手をあげた。AK君は、まだ無理だろうと思っていたが挙手している。私と目が合ったら「先生、途中までだけどいいですか?」と言う。もちろん「いいよ」と言って指名したら、前に出てきて2段目まで演奏してくれた。クラスもみんなも大きな拍手をしてくれた。

 「ワークシフト」で、自分らしい人生の選択をするには、自分の願望だけでなく、自分の欠点も認めないといけないと書いてあったが、AK君の変容にはその大きなステップを超えた世界があったのだと思う。みんなと同じにはできないけど、自分の頑張ったことをみんなに見てもらいたい。それが音楽の授業で見つけた喜びだったのだ。