明日は、前から頼まれていた中学校合唱部の練習を見にいく。その前に昨日は電話で顧問の先生と話をした。男子部員の応援を頼むことや出席を促すこと、選曲した思いや練習で思い通りにいかないことなどいろいろ悩み事をたくさん話をしてくれた。その結果、明日は指導者というより歳をとった応援部員として男子と一緒に音とりを練習することにした。
自分がよく知らない難曲を講釈だけ言って指導したり、どこの合唱団にも教えている発声を指導することはできるが、もっと根本にある先生の悩みをよくつかみ、部員にどのような支援・指導をしたら納得してくれるか考えてきたいと思う。
先日NHKのチコちゃんに叱られるで、「なぜ幼児は走り回るのか」という疑問が出された。結論を言うと、やっと少し走れるようになった子が、面白がって走り回ることで、脳の発達が促されバランスの取り方や、転び方、更なるスピードを出せる筋肉の使い方に長けてくるというのだ。失敗を恐れずやってみることで、新しい能力を培っていくのだ。
なぜそんな例をあげたかというと、一般的に合唱部の子は、周りとの調和に心がけ、あまり自分を主張しない。もっと自分らしさを思い切り出して、それを調整し合うことで本当の合唱になると思うのだ。中学生の合唱は、挑戦心よりも先に「こんなことをしたら恥ずかしい」的なブレーキがかかって、能力アップが難しくなるように思う。
そこへいくと応援部員としてくる運動部系の子は、結構自己主張する。大きい声で恥ずかしげもなく歌う子も多い。それは、個人のプレーがチームの勝敗に大きく影響することを知っているからだ。最後はチームとしての結果になるが、一つ一つのプレーは、自分の責任だ。逃げていたらメンバーに入れてもらえない。合唱はなんとなくみんなの責任の思いから出られない。一人の存在の大きさに気づいてほしい。
「ワークシフト」の本では、“ゼネラリストよりも連続スペシャリストへ”と書かれている。つまり、さまざまな広い知識・能力よりも、これからは、ある技能・能力が他より高い価値が持つのはどういう時なのかを知り、しかもそれをさらに磨き・伸ばし続けることが大切だと言うことだ。目の前にいる中学生に、大人の合唱団員に言うことと同じ指導をするのではなく、より対象者に即した専門的な指導力を養えということだろう。
とりあえず今日のブログはこのくらいにして、難しい曲の予習をしていこう。