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遺産を守るのも無形資産

 ライフシフト第7章の最後の項は「遺産」だ。

 子どもに資産を残すのは、子供の生活の安定や自分の存在を永遠のものにするという意味で、誰しも願うものだろう。また、財産があることで子どもたちに老後の世話を親切にしてほしいという願いもより強いかもしれない。「戦略的遺産動機」というのだそうだ。

 しかしこれも難しい要素を持っている。シェークスピアの戯曲「リア王」で、リア王はのんびり隠居生活を送ろうと考えて、(末娘のコーディリアを除いて)ゴネリルとリーガンという二人の娘に領地を分割して与えた。すると領地を手にした娘たちは態度を豹変させ、王に対して冷たく残酷な仕打ちをするようになった。これは物語だなどと済ませない。現代でも似たような事例は多いようだ。ニューヨーク社交界で花形だった資産家のブルックは105歳でこの世を去ったが、息子に財産を騙し取られ、晩年はろくに医薬品ももらえず、不潔な部屋で暮らしていたという事例も紹介されている。(息子と財産管理人は有罪判決)

 日本でも資産家が若い女性と結婚し、遺産目当てに殺害されたのではと騒がれている事件もある。本当に大事なことは、お金を道具として人をつなぎとめるのではなくて、知識とスキル、それを実行する自己主体感を持ち続けること。それを感じさせる生き方、すなわち歳を取っても新しいことに向かう好奇心や情熱といった無形資産だろう。

 私の父は、私が単身赴任生活から長野へ帰ってくる年に亡くなった。私が校長として初めての卒業式を終えてホッとしたところへ倒れたと連絡があった。市民病院に運ばれたが、翌日亡くなった。一言も言葉を交わせなかったが、倒れた日の朝も働いていたとのこと。できることなら私もピンピンコロリと逝きたいものだ。