自分と社会を見つめる科学 その23

 老年期の心理について考えるとき、最も根源的な課題は「対象喪失」だろう。私は、教育という自分の課題は一生のものと思っているが、学校という「勤務先」は無くなった。そして、「役職・地位・部下・同僚」など、人としての関係は残っても、立場としての関係はなくなり、一国民・市民など個人としての存在になる。退職したばかりは「これでやっと自由だ」などと、のんびりを楽しんでいても次第に不安になるのだろう。

 私は、「趣味起業」という言葉を見つけて、自分の存在場所は自分で作ろうと思い、この教育心理研究室なるものをスタートさせたが、今は、人生100年時代と言われるように多くの人が退職後の自身の生き方(働くこと、収入の得方、趣味の充実など)を見通して過ごすようになってきている。このことについては、しばらく前までテーマにしていた「生涯現役促進」についてのブログで触れたのでここでは重複を避けたい。

 退職しても失わないものは、自身が熱心に取り組んできたもの、これからも自分のあり方として大事にしていきたいものだと思う。立場が変わろうが、好きなもの、価値があるもの、自分だからできると信じられるもの、そういった守り続けたいものがあれば、学び続けることができ、アイデンティティーを失わずにすむ。

 私の例ばかりでは、なるほどと言ってもらえないと思うので、先週私が出会った事例を載せよう。退職校長会の会員による研修会で、「神話から見える戸隠信仰」という講演を聞いた。講師は、書籍も出しているので紹介してもいいと思うが、校長会の仲間で今は市立公民館の館長をしている宮澤和穂氏だ。詳しく知りたい人は、龍鳳書房「玄冬の戸隠」を購入してほしい、

 戸隠神社は、天の岩戸神話に出てくる手力雄命や天細女命などが祀られていて、戸隠山はその岩戸が飛ばされてきたものと伝えられてきた。その神話から見る戸隠の歴史を語ってくれた。印象的なのは、先生が若い頃、奥社に続く参道から山を見ると真正面に戸隠山の頂上があり、振り返るとまた真っ正面に怪無山の頂上があったということだ。それに驚いて地図を見ると、参道と二つの頂上が確かに一直線上にあり驚いたそうだ。そして、そこに込められた古代の人の思いや知恵を調べていくうちに、その参道から見る日の出は、立冬と立春の日の朝、真正面に来るというのだ。そして、その立冬から立春までは「玄冬」太陽の力の弱まる時、それこそが天岩戸神話と重なる。

 その他、相撲道の話などもしてくれてとても興味深く聞いた。私の合唱もそうだが、若い頃出会って、人生のかなりのエネルギーをそれにかけてきたということだ。人生100年時代、一つの仕事にかけるだけでなく、いろいろな仕事・趣味のばに自分を上げていくマルチステージが大切とされている。そういう人は、仕事を辞めてもいろいろな人生の進み方を持っているということだと思う。(続く)