自分と社会を見つめる科学 その19

 昨日は一流店シェフの逆転人生について紹介したが、それまで自分の目指すものに向けて突っ走ってきた人だからこそ、若い世代と向き合い、それを育てる立場の壮年期になった時、自分の歩んできた世界とのギャップに苦しむことがあるのではないか。

 壮年期(中年期)の課題を整理してみると、一つはやはり若さと老いのせめぎ合い、二つ目は他者との関係がこれまでと異なる状況の中で、自分らしさ(アイデンティティー)を見直す必要に迫られる悩み、そして三つ目は「強さと優しさ」「可愛らしさと自立心」など相反するものの統合を求められることだろう。強いだけで仲間から距離を置かれたり、優しいだけで自分が壊れていく人がいるのだ。

 一つ目の身体的なことはほとんどの人が抱えている課題だが、自分の努力や考え方でかなり改善は図れるのでここでは触れない。二つ目と三つ目は関係が強いが、昨日のシェフのように、自分の店を持つ、会社で中間管理職になるなど、人をまとめ、責任を背負う立場になることで大きく変化する。それまでの自分流でやっていたのでは通らない場面が多くなり、自分の目指すものを捉え直し、自分らしさを他者との関係の中で鏡に映してイノベーション(革新)できるか難しい課題だ。

 昨日のシェフは、ファミマにバイトとしていき、自分が雇われる側に立ってみることで、自分が目指してきたことや自分のやり方を見つめ直そうとした。そして、勇気を出し、「一流の店(料理人)は、こうでなくてはいけない」と信じてきたことをある意味捨てた。しかし、結果はスタッフが自分と同じようにアイディアを出し合って一流の店を守りたいという思いでまとまり、このコロナ禍の中でも生き残る取り組みに力を発揮してくれた。シェフは自分のこれまでの人生を捨てたのではなく、青年期と同じように強いエネルギーを出し、新しいアイデンティティーを確立したのだ。

 40代半ばからの「人生の午後」を下り坂にしてはいけない。人生の大きな分かれ道に立つ中年期、上の課題をクリアできる人は積極的・創造的に生きられるが、何かにしがみついていたり、逃げていたのでは「停滞」あるいは「衰退」してしまう。怖いけれど一歩を踏み出してみることで思いのほか楽しく勇気が湧くことを経験してほしい。(続く)