成人期の課題を夫婦関係から紐解き始めたが、この時期の発達課題は、主に「就職」「結婚」「親になること」の達成を通じて自身のライフスタイルを確立していくことがとても大きいと考えられている。「就職」といっても最近は会社に入るだけでなく、学生のうちから独立起業する人もいれば、フリーの立場で資産形成に大きな成果を上げている人もいる。こどもたちの将来なりたい仕事のトップにユーチューバーが上がっているという話も聞いた。
いずれにしても生きていくために何らかの収入を確保しなくてはならないことは確かだ。上の三つの課題の達成でアイデンティティー(自我同一性)の安定感がもたらされれば良いが、それにずれが生じた時、人生に大きな危機が訪れる。結婚は、相手が一人で人事異動もないので、お互いに相手を尊重し合いながらうまくやっていくしかないので、就職より難しいかもしれないなどと考えていたら、自分の教員生活のスタートを思い出した。それは、ある意味とても考えさせられ、今の自分にとって「迷いを無くす良い出会い」だったと思っている。詳しく調べれば、登場してくる人が誰かも推定されるかもしれないが、ここはあくまで心理学的な分析の事例として深くは探らないでほしい。
大学を卒業して出身地からとても離れた地へ、希望と不安を持って赴任した。初めの学校で4年、2校目で2年、合わせてその郡で6年過ごした。その間に、校長は2年ずつ3人の人と過ごした。3人ともとても人間性というか存在感の異なる人で、成人期のスタートにあたって、自分の選んだ教員とは何なのか、職場の仲間とどう関わるのか、一番大事にしなくてはならないことは何なのか本当に考えさせられた。
一人目の人は、「こうするべき」と形を大事にする人で延々と長い時間をかけて自分の考えを述べる。職員会議などで、自分の考えに合わない意見が出ると、相手が意見を変えるまで粘る人。いっそ「もっとこうしなさい」と言ってくれた方が精神的な負担は軽い。二人目の人は、とても心が広いというかアバウトな人で、けっさくなのは、職員会議が始まる時間になっても来なくて、やっときたと思ったら、麦わら帽子にランニング姿で汗だく。学校の空き地に作った農園で仕事をしていて会議を忘れていた人。同じ校長でもこんなに人によって違うのかと皆驚かされた。2校目で出会った3人目の校長は、若くして抜擢された人で、のちに県教育委員会を動かす中心人物。私は、この出会いの順番が逆でなくてよかったと思う。もやもや・ムカムカしていたものが、愉快になって何か余分な荷を下ろした気分になり、最後に「そうか、仲間から信頼され、慕われる校長になりたいものだ」と思えた。長くなるのでこの続きは次回に紹介したい。(続く)