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幸福な老い 身体編その3

 幸福な老いと言いながら、「死」の話題が続いてしまった。先週その「死」についてNHKで扱っていた。何をもって「死」というかとても複雑というか確実ではない部分があるらしい。呼吸が止まり、心臓が止まっても、逆に脳は活発に動き、パニックというか、もしかしたら必死で自分の体を動かそうと働いているのかもしれない。また逆に、脳死と判定されても、まだ体の部分は生きている。それを利用して移植治療が行われる。

 最も驚いたのは、ある国で死刑囚が絞首刑になり、医師が死を確認したのに、翌日目を開け、1週間ぐらい生きていたという話も出ていた。生物の体というものは面白い。だから日本の法律では、死を確認されても24時間は焼いたりしてはいけないそうだ。

 去年の公民館講座で扱ったが、人間の体は60兆個の細胞でできていて、毎日100億個の細胞が更新、つまり、死んで再生されるということだ。体をそういう細かい部分に視点を当てれば、毎日死んで生まれているということだ。

 講座で参加者に言いたかったことは、必要のない細胞は次第に再生されなくなり、人の能力が衰えていくということだ。日々体を活用していないと、これはいらないと判断されて再生されない細胞が多くなっていくということだ。

 この頃コロナ騒ぎで家で過ごすことが多くなり、筋力が落ちている気がする。一昨年の講座では、しゃがんで片足で立ち上がる動きをやって見せて、「私の筋肉貯金が20代」などと話し自慢していたが、今年はどうもうまくできない。絶対に運動不足だ。気をつけなくては。(続く)