前回のブログの後、体調を崩し市民病院の緊急外来にお世話になった。改めて自分が障害者1級であることを感じた。また、その経緯については後日触れよう。
青春期のアイデンティティクライシスについて考えてきている。親がよく口にする「お前のために言っているんだよ」の言葉が、自分の将来を探っている若者の心に本当の意味で支えとなるのかは大変疑問だ。特に開業医や中小企業等の後継者は難しい要素が多いように思う。
例えば開業医は、高度の教育と免許というハードルを超えるために、子どもの頃から成績を上げるために努力を求められ続けるだろう。医院の建物や設備を考えれば、無駄にせず後継として豊かな生活をしてほしいと思うのは当然だ。親の姿に憧れ、医療の社会的価値に目を向け、自分の目標として位置づけられるなら良いが、思春期の不安定な心を親からの一方的な要求に責められ続けるときには、重いクライシスに陥るだろう。
ちょうどこの原稿を用意している時、NHKの「逆転人生」という番組で、ある医師の人生が扱われていた。興味のある人は、「過疎地の病院を救え 新米医師の奮闘」という名前で検索してほしい。
癌治療で全国でもトップレベルの医師である父のもと、小さい時から厳しく成績の向上を強いられ、それに逆らい中高校生時代荒れた生活をした若者のストーリーだ。彼は、ある時、困っている人たちのために力を尽くす医師の物語に出会う。そんな医者ならなってみたいと努力し、医師として地方の病院に赴任する。ところが、その赤字経営等運営の難しさから先輩医師たちが一斉退職をするという厳しい現実に直面する。しかし、彼は諦めず地元出身の看護師たちと協力し、地域の信頼を集めていく。その取り組みの詳細は省くが、結末に、あの気持ちを通じさせることのなかった父が、定年退職後、大学の客員教授としての安定した生活を捨て、総合医として学び直して、息子の病院にやってきたというのだ。
青春時代、父と背を向け合ってきた若者が、ようやくそのモラトリアムを乗り越えたともいえる。父も、息子が地域に尽くし、地域の人に愛される姿に心動かされ、医師とは何かと原点に帰って親子としての絆を繋ぎ直していく。一歩道をはずせば、救いようのない人生を歩んでいたかもしれない一人の若者を通して、青春期心理のあり方を考えさせられる番組だった。
その医者になる進路を選んだ経緯は詳しく扱ってなかったのは残念だが、それについて私なりに次回探ってみたい。(続く)