一流を目指す上で大事なのは、シミュレーションとフィードバックだ。一万時間を超える練習をし、一流プロを目指す人は、なんとなくその時間を過ごしているはずはない。自分の課題を明確にしようと考え、そのプレーを振り返ってさらに高めるための方向を常に見つめている。音楽会でステージに立った生徒たちにわかるように伝えるために、歌声の変化を使ってみたい。
「千の風」が流行った時、私はあの声が気になった。確かにオペラチックに声楽の基本を守って歌っているが、もっと違う歌い方の方が聞きやすい感じがした。自分も地域のコンサートで取り上げたことがあるが、もっと自然でやわらかい響きができないか研究した。
生徒たちにあのオペラのような声で「わたしのお墓の前で泣かないでください」と歌った後、今度はとても悲しそうにつぶやくように歌って見せたり、やや劇的に力強く歌ったりと変化をつけて聞かせてみたい。声は声帯で作られ口腔や鼻腔に響かせて歌う。声を出す器官は、指のように考えて動かせるものではない。でも、経験的に明るい声を出したいと思えばそうなるし、ちょっと優しく誰かに話しかけるようにと思えばそうなる。イメージした声を、自分の体の仕組みが受け止めてそれらしい響きに変えてくれる。それがシミュレーション。「もっと喉を開けていい声を出しましょう」と指導するより、具体的なイメージを思い起こさせて、本人がこんな声を出したいと思うから変わる。そして出してみて、それを評価するのも大事。「思ったより太い声だったなあ、おじさんぽい」とか振り返るのがフィードバック。そこにさらなる工夫と向上がある。なんとなくやるのや言われて考えもせず態度だけ真面目にやるのとは違う。
それは運動から学習まで全ての生徒の取り組みに通じるものだと思う。違いを気づかせることで、生徒はもっとこうしたらどうだろうかと考えるようになる。自分の変化がわかる時、より上のレベルを求めたくなる。いつかブログに書いたように、駒感覚ではなく、差し手感覚を大事に育てたい。
自分発見の旅と題して続けてきたが、自分の明日の過ごし方について、シミュレーションし、フィードバックすることが、世阿弥の「まことの花」に通じることだと思う。