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人生は自分発見の旅 その3

 教育・仕事・引退と同世代の人間が一斉行進してきた3ステージの人生から、新しいマルチステージの人生にいかに乗り換えていくか問われているこれからの時代において、自身が主体的に人生を切り開いていくために重要なのは、「自分は何者か」というアイデンティティーを常に意識することだ。いつかキャリア教育の講演を頼まれた時、「必ず一流ビジネスマンになるトレーニング法」というテーマで話した。その中で、「偉大な成功を収めた人たちは1万時間以上のトレーニングを積んでいる」というマルコム・グラッドウェル著「天才!」の言葉を引用した。チェスの名人、トップアスリート、ミュージシャン……人が卓越した技能を獲得するためのプロセスを研究したものだ。

 時間をかければいいのかという疑問もあるだろうが、今日はそれは置いておく。ただそれだけひたすら向き合えることがまさに本人にとっては「自分とは何か」に直結することだろう。

 私は、中学時代に合唱の世界に触れ、自分の持っている力が全校の前で発表したり、大勢の仲間をまとめたりすることになったことで、何か楽しいことに出会った気がした。高校に入学して、男声合唱で県代表を4年も続けている部活動に惹かれ入部した。中学の先輩が大勢いたことも動機だ。中学の時、運営で悩んだことを思うと、レベルが高く仲間や先輩もしっかりしていた長野高校合唱班は、厳しかったけどやりがいがあって集中できた。いや中学で悩んだからこそ理想の場に出会った気がしたのかもしれない。

 真剣に取り組んだ象徴的な思い出がある。当時はガリ版刷りの楽譜で印刷が良くなかった。佐藤真作曲の「海」を歌っていた時、3年生の指揮者がもたついている班員に怒りをぶつけたことがあった。その時、先輩たちが「楽譜が見えにくいから無理だ」と言った。指揮のH先輩が、「どういうことだ」と段を降りてきて、真前にいた私の楽譜を覗き込んだ。私の楽譜は、ペンで自分のパートをなぞって見やすく修正してあった。とても読みにくい印刷の楽譜と、それを修正してある一年生の努力に気づき、H先輩は驚いたようだ。とても怖かったH先輩がみんなになんと言ったかよく覚えていない。ただ自分が一生懸命やっていたことが、けして当たり前のことではなかったらしいこと、自分は頑張っている存在だと気づいたことがとてもうれしかった。今でもその楽譜は手元にある。一流になるということは、長い時間取り組むだけでなく、真剣に何か工夫しながら切り開いていくことが大事な気がする。講演会では、「シミュレーションとフィードバック…意味のある練習を1万時間以上」と話したが。それはまたいつか紹介したい。