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大事にしたい言葉「体を動かし、頭を働かせ、心に感ずる」

 先週は信更公民館と朝陽公民館で「歌と健康セミナー」が終了した。明日は信州新町公民館でまとめの日となる。朝陽公民館の資料には「体を動かし、頭を働かせ、心に感ずる」という色紙のような言葉が掲載してある。これは私が校長として退職の日を迎えた長野市立三輪小学校の学校目標だ。明治からの近代史に目を向け、長野県に関係の深い「安曇野」という小説を書いた臼井吉見の言葉だ。

 講演にきた臼井吉見の言葉に心を動かされた教頭が、その後附属学校で指導の後、宴会をしていた臼井のところへ出かけて行き、あの言葉を学校目標にさせていただきたいとお願いしたそうだ。そのあたりの詳細はまた調べて紹介したいが、本当に簡単な言葉で、実に学校の目指すものをうまく表しているように思う。

 とかくこういった目標などは、たくさんのことを盛り込んでしまい、難しくなって、結局ただ飾ってあるだけのものが多いように思う。学校の新年度準備職員会で、プリントに守るべきことや目指すべきことがたくさん並べられて、発表している者でさえどこまでそれを腹に据えて日々生きているか疑問になることもある。下手をすれば、時間のある時によく見ておいてくださいで終わることもある。その話題もまたいつか触れよう。

 この臼井吉見の言葉の具体を今回のセミナーで振り返ってみると見事にハマる。

 有酸素運動や筋トレで体を動かし、良い表現をするためにどんな工夫をするか頭を働かせ、最後に歌うことを通して生きがいを求め続けようと心に感ずる

 声帯の構造や体の筋肉の構造を理解することで、意味がわかって運動したり発声することで、自分事になるのが大事だと思う。なぜなら自分の声や表現、体の使い方を自分で評価してより良いものにしようとするからだ。そして、意味がわかってより良いものを求める自分の心は、「さらにレベルアップした自分」を見つめるパワーになる。

 以前からこのブログで取り上げてきた「差し手感覚」だ。人に言われてやっていることは、疲れれば力が抜けてしまう。求める気持ちが本物になれば、あとの目指すべき目標は次々と目の前に現れてくる。誰かに言われてやらなければならないことではなく、自分が考えてやりたいことに取り組める。自分の成長、まことの花を咲かすことは誰しも嬉しいものだから。