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児童を理解するプロフェッショナルな研究を

 昨日は、「マイナーな専門家」について触れたが、現代社会は、ほぼ全ての職種において相手意識を大事にせざるを得ないようになって来ているので、医者も弁護士も業務の内容によっては、クライアントである相手を理解し、それによって対処の仕方を工夫しなくてはいけないのではと、ブログの読者から指摘を受けた。本当にそうだろう。

 逆に我々教師たちは、日々のことに追われて大変だが、もっと専門的な知識、技能を学び続けなければいけないと思う。しかし、クライアントによって指導を工夫する「マイナーな専門家」としてのプロフェッショナル的な(ある意味メジャーな)感覚はなかなか話題になりにくい。放課後、遅くまで児童会やクラブの仕事をしていた子を、「なんでこんなに遅くまでやっているんだ、早く帰れ」と指導する前に、その子の気持ちを理解する絶好の場なのだから、別な一言を工夫できるのではないか。

 自分の新卒の勤務地は、長野県の南、下伊那郡の小学校だった。大学出たての新米なのに、40人を超える1年生のクラス。しかも単級で、一人で全ての教科の授業準備から、遠足や運動会などの行事まで決めて実行するというハードな日々だった。連休明けには、声が枯れて困り、夏休みになってほっとできるのはうれしかったが、何かやり残したことはないか、連絡し忘れていることはないかなど、本当に不安だった。

 当時は、受け持ったクラスを持ち上げて担任するのが普通だった。その子たちとは、4年生まで長く付き合うことになった。2年生で家庭訪問に行った時、出されたお茶請けについて面白いことを言ったら、お母さんから「先生も冗談を言えるようになったんですね」と言われ、去年はそんなに緊張していたのかな?保護者の人はハラハラしながら見ていてくれたのかななどと思わされた。ほとんど苦情らしいことを聞いたことのない思いやりのある保護者たちだった。

 そんな子どもたちと転任で別れる最後のあいさつで、やはり子どもたちも涙、嗚咽。私も気持ちが詰まって言葉になりにくい。そんな中、ふと児童を見ると真ん中あたりに座っていたY君がニヤニヤして聞いている。ちょっと能力的には手のかかる子だったが、性格の良い子で、「ああ、Y君を見て話せば落ち着ける」と気を落ち着かせ挨拶した。しかし、春休みに保護者が気を使ってくれたお別れ会で、そのお母さんから、「先生、Yは家に帰ってから夕飯までずっと泣いてました」と言われた。自分は4年間も教えていたのに、いったいあの子をどう理解していたのだろう。今でも思い出すと泣けてくる話だ。